長くて短い夜なんか


暑い。夏の夜は太陽こそ無いものの、アスファルトから抜け出すあの独特な熱気が、じわじわと空気をぬくませていくものだから蒸れて気持ちが悪い。

蒸し風呂のような夜には耐えきれそうもないので、諦めてエアコンを入れた。涼しい風が吹いてきて、安堵感に満たされる。あ、そういえばカーテンをまだ閉めて無かった。

今すぐにでも立ち上がって閉じて、そのまま寝てしまいたい。でも、ちょっと難しいように思う。

……それもこれも、さっきから目の前でのし掛かる、どこか獣のような雰囲気の男が悪い。

意味が分からないが、べったりと体にライヒハートが密着している。彼が鎧を身に付けていない状態で良かった。着ていたら私の体は今ごろ傷だらけだろうから。

でも、鎧を着ていなくて最悪だった。だってこの人、素っ裸なんだもん。なんで?

冷房をつけた意味が、無い。


暑い。


いや、冷房をつけていなかったら、きっともっと暑苦しいに違いない。

目の前の男をまじまじ眺める。普段惜しげもなく晒されている腹筋に飽きたらず、身体中の筋肉が私の眼前に広がっている。鍛え上げられた精悍な体は、とても見ごたえがある。へえ、戦っている人の体って、凄くまとまりがよくて引き締まってるんだ。

……だからって私の前で裸じゃなくても良いのになっ!!

真上から押し倒すような姿勢だったライヒハートは、今度は寝転がり私を抱き枕の様にしてくっ付いた。すんすんと鼻を鳴らして、いい匂いでも無いだろうにこちらの髪の毛の匂いを嗅いでいる。

私はと言えば、彼の体の中心部よりやや下の部分の事は全力で意識を向けないようにしているが、なにぶん主張が激しい。薄いタオルケット越しに密着した、良くない硬さをした棒状の何かの感触が伝わってくるのが余計にこちらの精神にプレッシャーを掛けて来ている。

そっと横にずれて離れると、彼の腕が伸びてきてまた元の定位置に戻されくっつかれてしまった。ライヒハートといえば、遊びたい子犬のような、人懐っこい笑みをこちらに向けている。

どういう事なの?展開が急すぎない?

まるで意味が分からないので本人に何故か敬語で「何故裸なんですか?」と尋ねると「暑いじゃん?」と返ってきた。なるほど。

更に「くっついてるともっと暑くなるから離れた方が良いですよ」と諭すと、「暑くてもいいからくっ付きたい」と返ってきた。

帰って頂いてもよろしいですか?と聞いたら「帰らない」とだけ返ってきた。


暑いな……。


徐々にエアコンが効いて冷えてきた筈なのに、緊張から汗が止まらない。肉食獣に狙われた草食獣はこんな気持ちなのかもしれない。

エアコンの駆動音だけがウンウン目立つ部屋で、しばらく私達は無言のこう着状態を続けるばかりだった。しかし、沈黙を次の段階への肯定とでも都合良く捉えたのか、こちらの汗ばんだ肌などお構いなしに首筋をちろりと舐めたライヒハートにうっそぉん、とドン引きしながらも、とりあえずは「ばっちいし美味しくないよ」と声をかけてみる。が、「俺は特に構わねえ」と愛撫らしき行為は続き、彼のペースに心も体も追いつかない。肌を吸われて、舐められて、とうとう大きな手が薄布越しにこちらの尻を鷲掴んだ時、「わああっ」と情けない声が口から出た。

初めのライヒハートの子犬のようだった眼差しも、気が付けは「獲物を追い立ててる最中の猟犬じゃ無いコレ?」みたいな、戯れでは済ます気が無い『ガチ』の目付きになっていて恐怖から泣いてしまいそうだ。

「こら!待てっ!待て待てっ!!止まりなさい!こら!」

待てと言ったらすぐさまライヒハートは止まった。悪かったよと小言を漏らしながら二、三、彼が自主的に引き下がってくれてほっとした。待てと言っても止まらない男だったら本当に

「や、やりすぎ」

「……。」

「はぁ……。」

「…なんだよ、そのため息」

「ライヒハートさんに……性欲があるなんて……これっぽっちも思ってなくてですね……いや、性欲はあっても、私に向くっていうのは完全に予想外でしてね……。」 

「……向けちゃ悪いのかよ」

「うん……居心地悪くなっちゃう……。」

ハッと目前の男から不意に笑ってしまったような声が聞こえた。

「……もしかして笑った?」

「笑った」


優秀な猟犬たる彼は、こちらの「よし」の一言を引き出すまで気長に待って居るのだ。

「よし」、と言ったら、全部終わる気がする。

何がって、強いて言うなら私の体だとか、操的なものが終わるような予感がある。

朝が来るのを待てば、お化けよろしく退散してくれるんだろうか。それとも、そんなもの我関せずと、私の上なり横なりで待ち続けるんだろうか。

「どうする?ご主人様、俺と我慢比べしたいんなら、いつまでも付き合っていいぜ」

待つのは得意だと、獣じみた男は藤色の目を細め笑みを浮かべた。

私はそれに苦笑いと、諦めと、何度目か忘れたため息で返す他無かった。

2023 このサイトはイベント用にこしらえた愉快なサイトでした。

2/11 倉庫1に+1 今後の更新は別所に統合します。ここは何か使う用がなければ放置で。閲覧お疲れ様でした。

Powered by Webnode Cookie
無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう